横浜で行われたコミュニティビジネスのセミナーで、穏やかに、それでいて熱く故郷への想いを語る男性に出会う。物腰が柔らかなお人柄に、年齢差も忘れすっかり意気投合したのが丸山さんである。ご縁あって、気が付くと私達プロジェクトメンバーは別府市内から車で20分ぐらいのところにある丸山さんの故郷、湯けむりの上がる温泉郷、鉄輪(かんなわ)を訪れていた。
鉄輪温泉の歴史は古い。鎌倉時代に時宗の開基、一遍上人が諸国念仏勧化の旅の途中で鉄輪に立ち寄った際、猛り狂う地獄を沈め、「蒸し風呂」「熱の湯」等の衆生済度の温泉保養地を整えて病に苦しむ人々を救った。 それが鉄輪温泉の基となったといわれている。それ以降、長きにわたって鉄輪は湯治客と農閑期に蓄積した疲労を癒す農民の湯治場として愛されてきたが、文化としての側面が強い湯治は戦後の生活様式の大幅な変化と共に急速に廃れていった。また、国民の余暇と娯楽の多様化、ボーリングによる各地での温泉施設誕生の煽りもあり農閑期の湯治は減少、それにより鉄輪温泉の湯治場も活気を失いつつある。
鉄輪ビギナーの私達を迎えたのが旅館『入舟荘』女将の後藤美鈴さんである。 事前資料から得た『高齢化が進み、活気を失いつつある温泉街』との先入観は、彼女の笑顔とパワーに一蹴され、一瞬にして私達はこの鉄輪に親近感を覚えた。 「鉄輪のお湯はどこにも勝ると劣らない素晴らしいお湯なんですよ」と胸を張る美鈴さんは、佐賀関より鉄輪に嫁がれ、旅館の女将を継がれた。いまでは、地元の人にも増して鉄輪への想いが強い。昔からたくさんの方たちが病んだ心と体の癒しを求めて湯治に来るこの鉄輪で、そのお手伝いをし、元気になって帰ってもらいたいと熱く語る。
また、その想いは旅館にいらしたお客様だけでなく、訪れる多くの観光客、また地域の人達へも向けられる。お客様へのおもてなし精神とまちの活性化への強い想い、さらには生来の行動力と人を惹きつけ、巻き込んでゆく素質で独自のまちおこしをおこなっている。その一部が地域活性化の為に1997年に結成した鉄輪温泉で旅館やホテルを営む女将さん達で結成した“かんなめ会”であったり、ユーモアセンス満点の“豚まん”である。それらはテレビや新聞等でも話題になり、全国に鉄輪を発信する機会としても貢献している。
『地域の資源(温泉、自然環境、町並み、人材など)を活かした多彩なプログラムの提供を通じて、各種のサービス産業が成長すること』『オンパクに参加する事で住民が健康で前向きな暮らし(ウェルネスライフ)を送る事ができ、生活の質(QOL)の向上につながること』『旅行者がオンパクに参加し、各種の体験や交流の機会を得る事で別府八湯のファンになり、リピート化や長期滞在化を実現する事こと』の3つを目的に掲げ、旅行客、住民、地元産業等々を巻き込み、地域活性化の一役を担っている。
最近は「別府を体験・満喫する時間」をより感じていただくために「ゆっくり・じっくり」な時間の過ごし方を提案、別府の滞在をサポートする、地元ネタを味わう旅=「じねたび」にも力を入れ新たな体験型観光を展開している。別府温泉、更には昔から湯治場として滞在型温泉街であった鉄輪と観光客をつなげ得る企画に期待は高まっている。
鉄輪視察で一番強く感じたのは、“地元に対する深い愛情と誇り”である。 また、思い立ったら行動に移すパワフルな実行力、そして楽しそうに成し遂げるまでやり通す信念を持った人的資源の豊富さである。 ただ、個別の社会貢献事業等は行われているが、それぞれが多忙な経営者であり、なかなか皆が集まり話し合いを持つ機会、まちを巻き込み先導するのは難しそうであった。忙しく有能な人材やネットワーク、環境資源を有効に生かす為には、つなぎ役、まとめ役、雑務も含めた事務局的機能を果たせる場所と人材が必要といえよう。その事で、他にはない魅力的な人材、温泉、自然環境、町並み等の資源がより力を発揮し、“新しい鉄輪スタイル”を築けるのではないだろうか。
鉄輪は、全国的にも珍しいほど多彩な温泉郡が密集している魅力的な地域であり、平成になって九州では韓国など日本国外からの利用客も増加している。そんな新たなターゲットや時代ニーズを味方にしながら、鉄輪にしかない様々な資源を生かした新しい“鉄輪スタイル”をぜひ発信していってほしい。
様々な資源を有効活用した今後の鉄輪でのまちづくりと、「子供のころの活気を鉄輪に呼び戻したい。復刻することが全てでは無いですが、行き過ぎたIT化にアナログ的な手法で、本来の温泉場としての価値を再発見していただきたいです」そう熱く語り、新たなステップに意欲的な丸山さんの今後に期待している。
取材日:2008年8月